波の伊八 「牛若丸と大天狗」

目次
飯縄寺(いづなでら)
別名「天狗の寺」といわれるいすみ市「飯縄寺」
初代波の伊八の最高傑作「牛若丸と大天狗」の作品が遺るお寺です。
西暦808年(大同三年)慈覚大師によって開山され、防火、海上安全、商売繁盛、無病息災など十三の御利益があるとされる飯綱大権現が祀られています。
江戸時代中期に、当時天台宗大三本山の一つであった「寛永寺」の直轄となり、隆盛を極めました。
建造物のすべてが江戸時代のもの、江戸情緒がたっぷりと感じられるお寺です。
現在の本堂が再建されたのは、寛政9年(1797)
初代波の伊八こと「武志伊八郎信由」が45歳のときでした。
伊八は本堂再建当時、約10年もの期間滞在し、総合的に再建に関わったとされています。
その間に伊八が遺した作品の数々、飯縄寺のみどころと併せてご紹介します。
仁王門(市指定文化財)
横に広がる茅葺屋根が美しい「仁王門」は、寺内で一番古い建物。
平成23年に400年ぶりの大改修が行われました。
蟇股には波乗りしている天狗様が彫られていて、天狗の寺と呼ばれる特色がよく表れています。
本堂(県指定有形文化財)
本堂には、本堂結界欄間に「牛若丸と大天狗」「波に飛龍」、向拝に「龍」の彫刻があります。
伊八の作品は、波以外にも優れたものが数多くありますが、その中でも「龍」の表現は抜群だといわれています。
波の伊八 「牛若丸と大天狗」
本堂の結界欄間彫刻、伊八の「牛若丸と天狗」は、高さ1m、長さ4mにもおよぶ分厚いケヤキの一枚板に彫られた大作です。
実物の彫刻は、言葉を失う圧倒的迫力にあふれていました。
奥行や膨らみがあって、板の厚みが何倍にも感じられる。平面から生み出されたものとは思えないリアルな陰影と遠近感。
伊八が膨大な時間を注ぎ、技術を駆使して創られたことが伝わってくるようです。
牛若丸と大天狗の表情にもぜひ注目していただきたい。
見る角度を変えると顔つきが変わる大天狗の表情、今にも二人のやり取りが聞こえてくるかのような空気が漂っています。
最高傑作といわれる「牛若丸と大天狗」は、伊八がこの作品に注いだ魂が感じられるような作品でした。
波の伊八「波と飛龍」
牛若丸と大天狗の両脇、左右二面には、伊八の「波と飛龍」の彫刻があります。
うねる波も飛龍も、勇ましさが臨場感たっぷりに表現され、大胆かつ繊細な美しさが感じられます。木目の細部まで計算され尽くしたような精密さも見逃せません。
最高傑作といわれる結界欄間作品、ぜひ実際に実物をご覧になり、伊八の世界をご堪能ください。
三代目 堤等琳「天井画 墨絵 龍」
三代目 堤等琳(つつみとうりん)の「天井画墨絵 龍」は、銘に「秋月等琳筆」雪舟の落款があります。
堤等琳は、葛飾北斎の師として江戸時代後期に活躍した絵師ですが、現存する作品が少なく、飯縄寺の本堂大修理で確認され、大発見となりました。
日本画に大きな影響を与えたといわれる雪舟派の流れをくんだ作風が人気を集めたそうです。
天井画には、文化2年(1805)と記され、その年の本堂落慶式に間に合うように伊八が等琳を紹介して描いたと伝わっています。
のちに葛飾北斎が描いた有名作品「神奈川沖浪裏」が、伊八の影響を受けたといわれる繋がりを表す大事な証だそうです。
鐘楼(指定文化財)
四面に花鳥風月の彫刻が施された「鐘楼」
細部に至るまで彫刻を施す手法は、江戸時代末期の特色が表れています。
平成22年に改修を終え、当時の面影がよみがえりました。
除夜の鐘は一般参拝客も撞くことができるそうですよ。
賽銭箱
「江戸講中」と大きく書かれた大きな「賽銭箱」は、約2畳もある大変大きなもの。
鋼板で造られた大変立派なお賽銭箱、当時の隆盛の度合いがよく分かります!
お寺の随所で見られる天狗様
伊八が再建に大きく関わった「飯縄寺」には、「牛若丸と天狗」の伝説があります。
“この地には、源義経が京都から奥州に向かう途中に立ち寄ったという話が伝わり残っています。源義経がまだ牛若丸の頃、京の鞍馬山で大天狗から武術を学んだことは有名ですが、その大天狗から「奥州に向かうなら、わしの知り合いのいる上総の国の飯縄寺へねるが良い。」と言われ、伊豆から舟で当地に着いたそうです。”(飯縄寺パンフレットより)
伊八壮年期の最高傑作といわれる「天狗と牛若丸」はこの伝説をもとに彫られたのですね。
いすみ市には他にも伊八の作品を見られるお寺があります。
ご参拝と併せて伊八めぐりを楽しんでみませんか。
一見の価値あり!と、うなずける作品に出会えるのではないでしょうか。
いすみ市に現存する波の伊八「武志伊八郎信由」 主な作品
・行元寺 欄間彫刻「波に宝珠」
・飯縄寺 欄間彫刻「牛若丸と大天狗」「波と飛龍」
向拝彫刻「龍」
・長福寺 欄間彫刻「龍、麒麟」
・光福寺 向拝彫刻「龍」