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川をミュージアムに─アーティスト、住民、学生たちが創り上げる「エドロック・カワミュー」の現場から

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取材・文:虹色こまち編集部(地域ライター/千葉県)

はじめに:江戸川の風にのって広がるアートの波

千葉県・市川市と東京都・江戸川区をまたぐ江戸川。
その静かな川辺に、近年ちょっとした話題を集めるアートイベントがある。
その名も「エドロック・カワミュー(Kawamu)」。
「エドロック」という名からは音楽フェスのような賑やかさを想像するかもしれない。
しかし実際には、「川をミュージアムに」というコンセプトのもと、アートと地域、そして学生たちの想いが重なり合う、あたたかいプロジェクトだ。

この日行われたのは、イベント準備のための全体ミーティング
筆者が取材に訪れた会場には、アーティストや地域住民からなる実行委員のほか、十数名の大学生が集まり、真剣な表情で発表を進める一方、笑い声が絶えない。
まさに「和気あいあい」とした空気の中で、地域を舞台にしたアートイベントが少しずつ形を成していく瞬間があった。

実行委員と学生が力をもちよる現場

ミーティングの進行を務めていたのは、エドロック・カワミューの発案者であり、アートディレクターの藤田あかねさん
そして運営主体は、地域文化活動を手がける一般社団法人アートと人々 (リンク: https://arttothepeople.org/) と、エドロック実行委員会だが、そこに多くの千葉商科大学人間社会学部の大学生が参加している。
実行委員がしっかりと全体の動きをグリップしているが、学生たちもたんに「サポート役」なのではない。学生たち自身が考え、発言し、実行委員ともに決め、実際に動いている。

この日のテーマは、イベント当日の催し物や広報戦略の共有。
「物販ブースはどうレイアウトしようか」「リラクゼーション体験はどの時間帯が混むか」
そんな議論が飛び交いながら、笑顔で手を挙げる学生たちの姿が印象的だった。

特に盛り上がったのは、SNS広報チームだった。
工夫を凝らした投稿を披露し、フォロワー数の伸びや反応を共有。
「この動画の見せ方、すごく分かりやすいね」「この色味かわいい!」
といった声があがり、実行委員の温かな雰囲気とプロジェクトチームの熱が入り混じる。

「きっかけは大学の活動。でも今は自分の居場所」

― 亀田彩花さん(千葉商科大学 人間社会学部3年)

その中で特に印象的だったのが、亀田彩花さんの言葉だ。
人間社会学部に通う彼女は、カワミューの活動に3年目として関わっている。

「入学当初にあった、人間社会学部ならではの活動である”アクティブ・ラーニング”についての説明会でした。10種類以上ある活動の中で、直感的にカワミューに惹かれました。
アートにはそれまであまり興味がなかったけれど、
活動を通じて先輩たちの優しさに触れ、“ここで続けたい”と思いました。」

最初は何もわからず戸惑いも多かったという。
しかし、先輩が丁寧に教えてくれる環境があり、次第に“自分が支える立場”へと変わっていった。
今では後輩の相談を受けたり、広報や企業インタビューなど多岐にわたる役割を担っている。

「自分が考えたことがうまくいくと嬉しいです。
それが次の代に受け継がれて、後輩が経験を積んでいるのを見ると、
“つながってるな”って実感できる。それがやりがいです。」

亀田さんは少し照れながらも、自分の言葉でゆっくり語った。
そこには「与えられた課題」を超えて、「自分の居場所」として活動を続けている確かな思いがあった。

“学生だからこそできる”発信力

SNS・企業インタビュー・広報の最前線

カワミューの大きな特徴の一つが、実行委員とともに、学生たちが広報を担っていることだ。
Instagramを中心にイベントの告知や企業紹介、過去の活動記録などを発信。
その中で、ただ宣伝するだけでなく、地域との関わりや人の想いを伝えるために、実行委員と相談しながら工夫を重ねている。

「協賛企業へのインタビューでは、
投稿の流れやデザインを自分たちで考えました。
“学生らしさ”を意識して発信することで、
フォロワーも増えて、見てくれる人が増えたんです。」

学生だからこそ生まれる柔軟な発想と、身近な目線。
一つの投稿にも、たくさんの“学び”と“試行錯誤”が詰まっている。
広報活動が単なる「作業」ではなく、地域と人をつなぐ“橋”になっているのだ。

「企業の方に取材して、自分の言葉で伝えるって、最初は緊張します。
でも、伝わったときの反応があると、本当にやってよかったと思うんです。」

その言葉には、自信と誇りがにじんでいた。

エドロックという名の誤解と真意

― ロックではなく、“心地よさを楽しむ場所”へ

「エドロック」という名前を初めて聞くと、多くの人がロックイベントを想像するという。
しかし、その真意はまったく別のところにある。

「私たちは、2022年に「カワミュー」という名前をメインにおくことで、川を“ミュージアム”に見立てた、アートを中心としたイベントであることを前面にだしました。
だから、アートに触れながら、心が落ち着く空間を作ることが大切なんです。」

実際、イベントでは音楽のライブやサンバもあり、盛り上がる瞬間もある。しかし多くの時間は、このイベントのためにセレクトされた曲と風の音や川のせせらぎとが響きあい、心地よさを生み出している。
そこにアート作品やワークショップが並び、
来場者は自然と立ち止まり、感じ、語り合う。
「アート=難しい」と思っていた人も、ここでは“心地よさ”としてアートに出会うことができるのだ。

リラクゼーションや物販で、「ごほうびの一日」に

今年のカワミューでは、リラクゼーション体験やキッチンカー、イベントの物販ブースも並ぶ。
とくにリラクゼーションは、カワミューを「ごほうびの一日」にしたいという思いから発案された。
藤田あかねさんを中心に、実行委員が「アート×癒し」「地域×若者」という視点で、
より多くの人が気軽に足を運べるような仕掛けを考えている。

学生たちもその温かな雰囲気のなかで考え、提案し、動いている。

「アートに興味がない人でも、“なんか楽しそう”で来てほしい。
そういう入り口を作るのも、私たちの役割だと思います。」

準備段階から既に、熱量と笑顔があふれている。

「この場所にいるだけで落ち着く」

― カワミューが育む“心の居場所”

亀田さんに「この活動で一番大切にしていることは?」と聞くと、
少し考えてから、こう答えた。

「この場所にいるだけで落ち着くんです。
だからこそ、来てくれた人にもそれを体験してほしい。
何かを学ぶとか、成長するとかよりも、まず“ここにいていいんだ”って感じられる場所にしたい。」

その言葉は、アートや地域活動という枠を超え、
人が安心して関われる“居場所づくり”そのものだと感じた。
学生たちがそんな風に感じながら実践できる「居場所」を、ともにつくりあげている実行委員の大人たちの温かさも、いっしょに伝わってくる。

学生時代という限られた時間の中で、
彼女たちは「社会に出る前の練習」ではなく、大人たちとともに、「社会そのものをつくる実践」をしているのだ。

図書館での展示と、“つながる歴史”

カワミューの過去のイベントの様子が、地域の図書館で展示されている。
そこには、昨年のライブペインティング作品や当日の風景だけでなく、今年の「FUTURE」というテーマにあわせた自分の未来、地域の未来を考える参加型の展示もある。

この展示企画は、2021年にコロナ禍によってイベントが中止になったときに学生が発案し、実現したものだ。その翌年、エドロックは「エドロック・カワミュー」として再開し、あらたな一歩を踏み出すことにつながった。

「歴史を知ることで、自分たちの“今”の意味も見えてくる」と亀田さんは話す。
その言葉どおり、カワミューは単発のイベントではなく、
世代を超えてつながる“地域文化の循環”を生み出している。

地域と学生をつなぐ“アートの架け橋”

長谷川 円香さんに聞く

エドロック・カワミューの実行委員として学生たちを支えているのが、
市川市でブライダル事業を営む株式会社ハセガワブライダルサロン代表・長谷川 円香さんだ。
地域と若者、そしてアートをつなぐこの取り組みを、
彼女は「未来を育てるための場所」だと語る。

「アートって、決して特別な人だけのものじゃないんです。
何かを“感じる”こと、形にして“伝える”こと、それがもう立派な表現。
だからこそ学生たちには、ここで“アートの素晴らしさ”に
たくさん気づいてほしいと思っています。」

長谷川さんは日頃、結婚式という「人と人を結ぶ」仕事に携わっている。
その視点から見ても、アートのもつ「人の心を近づける力」に共感するという。

「カワミューに関わる学生さんたちは、本当にまっすぐで、
“どうしたら人が楽しめるか”を一生懸命考えています。
私たち大人は、そんな彼らの挑戦を支える立場でありたい。
この活動が、社会に出る前の大切な経験になるはずです。」

また、アートイベントが地域にもたらす変化についても、彼女は強調する。

「アートは、まちの空気をやさしく変えていく力があります。
江戸川の自然や人の温かさに触れながら、
“ちょっと立ち止まる時間”を持てる場所になっていると思うんです。
そんな空間があるだけで、まちが少し明るくなる。
それがカワミューの魅力ですね。」

最後に、学生たちへのメッセージを尋ねると、
長谷川さんは少し笑って、こんな言葉を返してくれた。

「自分の“好き”を信じて動いてみてください。
アートって答えがないからこそ、自由なんです。
その自由の中で見つけた“自分らしさ”こそ、
誰かの心を動かす力になると思います。」

おわりに:アートが日常に溶ける街へ

ミーティングの終盤、学生たちは笑いながら「晴れるように祈ってます!」と声を揃えた。
その何気ない一言に、この活動のすべてが凝縮されているようだった。

“晴れる”というのは、天気だけではない。
自分の心が晴れるような場所を、誰かと一緒に作る。
エドロック・カワミューは、そんな小さな奇跡が毎年生まれる場所だ。

川のほとりに吹く風のように、
静かで、でも確かに人の心を動かすアートの力。
そして、その力を地域に根づかせている大人たちと学生たちの姿に、
未来への希望を見た気がした。

【取材協力】

エドロック実行委員会
一般社団法人アートと人々
千葉商科大学 人間社会学部エドロック・カワミュー学生チーム
(取材日:2025年10月)

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